羊→得意げなヘビ@夢分析実録
夢の内容:
のどかな景色を知人と楽しむ。小高い丘が見えてくる。 「羊でも飼っていそうな所だね。」 本当にいた! こちらを見ている気がする。町に戻る。久々、スタバに入る。
「この辺だとトライベッカデリもお勧めですよ。」と得意げに話す。
店を出る。みんなで神輿のような(あるいはテントのような)物を運ぶ。家の近くの交差点まで来ると、
「○○さん(私)、上に乗って下さい。」
「えっ、いいんですか?」
不思議とスイスイ滑るように動いた。
夢分析:
まずは自由連想法
羊→昨日の夢分析に出てきた。 →羊飼い→幼稚園の演劇でヨセフ(イエス・キリストの父)を演じた。幼稚園時の数少ない記憶の一つ。けっこう得意げだった気がする。体が弱くて運動も苦手、おまけに集団行動に馴染めなかった私にとって、図工と金曜日の聖書の時間だけが救いだった。図工の時間も、たびたび褒められた記憶がある。 他人に褒められ得意げになる “快感” を覚えたのは、どうやらこの頃のようだ。後半部は “子供の頃の楽しい遊び” のようなものを連想させる。ここでも私は他を従える “王様” だ。
→この感覚は小学校2年生までの私を連想させる。(この頃までは!)勉強が面白くて成績も良く、自らを「漢字博士」などと呼んでいた(ヤなガキですね~)。
この時期育まれた性格は今でも根深く影を落としており、今日行った美容室「ジャクメル」でも実に “得意げに” 語っていました(懲りない奴だ)。他にも挙げれば切りがありません!
昨日の夢分析との兼ね合いでは、普段は大人しい “羊” の私も、いったん “ヘビ” に変身すると、相手より “知的に” (ここが私のポイント)優位に立とうと突き動かされるのです。(昨日のヘボな分析のフォローになってますでしょうか?)
今回の気づきは決して目新しいものではありません。むしろ “分かりきっている” ことです! が、しかし、頭で理解してもそれを(体験的であれ、イメージの中で象徴的にであれ)活かさない限り、無意識(深層心理)は心のバランスを取り戻すために繰り返し実現を迫ってきます。
このプロセスは、どこか座禅に似ています。雑念が浮かぶ。それを意識して「雑念、雑念」とやり過ごす。再び現れる。またやり過ごす。…心のバランスが崩れる。気づいて元に戻す、また…の繰り返し。
本当に大変なのは気づきを “得る” ことではなく、気づきを “生きる” ことだと思います。特に私のように思考タイプかつ、ものぐさな人間にとっては。
最後に、『ビー・ヒア・ナウ』に習って、また同じ状況になった時の自分に気づきやすくなるように、名前を付けましょう。『得意げなヘビ』というのはどうでしょう?
おまけ(各学派の心理的理論):
アドラー心理学:
初期の権力志向論。人間を突き動かす(無意識の)本能は、権力を手に入れようとする事とであるとした。
人生脚本:
ドライバー(駆り立てるもの)。
TA TODAY―最新・交流分析入門
第16章を参照。
ユング(分析)心理学:
王子とそれを駆り立てる王女のおとぎ話。
ドリームボディ―自己(セルフ)を明らかにする身体
著者のアーノルド・ミンデルが唯一、おとぎ話を分析している本。監訳者がもっと続けてくれたらいいのに、と「解題」で嘆いている。