自分史(その1)@エニアグラム
エニアグラム -あなたを知る9つのタイプ【基礎編】 P1-16を読む。
明日(3/27)からエニアグラムのワークショップが始まるので、あらかじめテキストに目を通しておこーっと。
…カウンセリングにおいては、クライアントの性格傾向が把握しやすくなり、その人に合わせた対応能力が飛躍的に向上します。(P.7)
やっぱりそうなんだ。有意義なワークショップになりそうだ♪
自分史を書く(P.15):
最初のエクササイズだ。まず始めに今までの自分(自分史)を振り返ってみよう。恥ずかしいなぁw※第三者の視点で振り返る必要から、自分のことを「彼」と表記しています。
0~4歳
まだ古い家にいた頃。彼は毎日、近所の友達と遊んでいる。ただ、Mちゃんというキカナイ女の子には毎回いじめられ、いつも弟に助けられていた。そのせいか彼女に会うのが恐かった。家族の記憶はほとんどない。
幼稚園時代
今の家を建てて引っ越す。後になって知ったが相当無理したようで、お年玉まで購入費用に当てられていた。「子供のモノは親のモノ」という訳だ。当時はまだ周りにほとんど家がなく、夜になるとすぐそばの田んぼからカエルの泣き声が聞こえてきた。それは怪しさに満ち満ちていた。
引っ越し当日の夜、弟とティッシュペーパーを引っぱり出して遊び母親に怒られる。母はライトの傘の黄色が気に入らないらしく、白に変える。ライトが窓ガラスに写ってそれがUFOのように見えた。
入園式の日、初めてネクタイをする(といってもゴムバンド式のものだが)。子供心にステイタスを覚える。
幼稚園は、けっこう大変だった。集団行動に適応できなかったのだ。のちに彼が「楽園の終わり」と評しているほどである。
唯一の楽しみは、お絵描きと金曜日の聖書の朗読の時間だった。ボロボロの聖書を園長先生が読んでくれた。もっとも覚えているのはキリストとパンと水が出てきたことぐらいだが…
また当時描いた絵は今ではとても描けない。何でこんな風に描けるんだろう?
運動は苦手で、しょっちゅう骨折していた。そんな時は、よく独りで図工をしていたものだ。また担任のY先生にいじめられたそうで、のちに母の所に謝りに来たそうだが、よほどショックが大きかったのか、ほとんど記憶がない。
唯一覚えているのは、昼休みにひとり残されて弁当を全部食べるまで許されなかったことだが、それも顔が次の担任のM先生にすり変わってしまっている。吐いた卵焼きを無理矢理食べた。でも最後には全部吐いてしまった。アスパラガスが混ざっていたことを今でも覚えている。
この頃から女性に興味津々w、特に隣のクラスのハーフっぽい色白の先生がお目当て(色白フェチだったんだw)。昼休みには、お昼寝の時間にこっそり担任のM先生のパンツを覗いた。茶色い毛糸のパンツだった(北国っス、色気ないっスw)。…完全に変態だ、穴があったら入りたいっスw
父親はとにかく恐い存在で、常に怒られないかとビクビクしていた。夫婦喧嘩もしょっちゅうで、その時は凄く嫌な気分だった(今でも他人が争うのを見ると嫌な気分になる)。
エニアグラム―あなたを知る9つのタイプ 基礎編
私が受講しているエニアグラム 月例ワークショップで使用されているテキストです。