2005年02月15日

個人の “好き” を大切に@忘れてしまった夢を思い出す方法:夢分析

<h2>2005/02/14の夢日記:</h2>
デパートのような所でお買い物。服を物色している。
店を出てから暫くして見知らぬおばあちゃんと親しくなる。山小屋風のカフェに入る。そこにいた映画評論家のおじさんを、おばあちゃんが議論で打ち負かす。腹を立て、捨て台詞を残して出て行くおじさん。

<h2>夢分析(ではないですが):</h2>
<h3>忘れてしまった夢を思い出す方法</h3>
実はこの夢は、起きてすぐに書き留めなかったために忘れてしまいました。ところが夜になって、ふと “目覚めた時に感じたこと” を思い出しました。すると瞬時に「おばあちゃん」のことが浮かび、芋づる式に「おじさん」「お買い物」の記憶も蘇りました。
忘れ去られた出来事も、(この場合、個人的)無意識という名の記憶の貯蔵庫に貯えられているので、今回のように何かのきっかけで思い出すことができます。
これは裏を返すと、それぞれの出来事は無意識(深層心理)の深い所では “繋がっている” 、とも言えます。
夢を忘れてしまった時は試してみる価値ありです。

<h3>「繋がり」つながり</h3>
ところでこの「繋がり」から、『自分の仕事をつくる』の中でのCMプランナーの佐藤雅彦さん(「バザールでござーる」「だんご3兄弟」等の企画で有名。映画『KINO』は名作!)のコメントを思い出しました。

「個人」の “好き” を突き詰めていくと、最後には(多くの人が共感する)「集合的」なものに行き着く。
注)本がどこに埋もれているのか見つからず、記憶に頼っています。

<h3>「仕事」について思うこと</h3>
このような価値観が広く世の中に浸透していけば、「競争」を過度に意識したゼロサムゲームから抜け出すことも可能ではないでしょうか? なにしろ世間一般ではなく、 “自分の好き” を掘り下げていけばいいのですから。革命を起こしましょう!
どこか、ユングの集合的無意識を連想させるコメントですが、恐らく佐藤さんはこの真理を、 “自らの体験” から会得されたのだと思います。ですから(私も含めて)多くの人の心に届くのです。<br /><br />

<h3><A HREF="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4794965850/ateliermotif-22" target="_blank">自分の仕事をつくる/西村 佳哲(著)</A></h3>
出版社に勤める知人のKさんが「仕事観が変わった!」ぐらいのこと言ってました。事実、メチャメチャ売れてます。<br />
仕事について皆さん、いろいろと思う所があるんでしょうね、絶対!<br /><br />

<h3><A HREF="http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4885530822.html" target="_blank">アートディレクター入門</A></h3>
「アートディレクターはキャラクターをつくる」の項で『バザールでござーる』の誕生過程が描かれています。<br /><br />

<h3><A HREF="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4122043441/ateliermotif-22" target="_blank">プチ哲学中公文庫/佐藤雅彦著</A></h3>
かつての「<a href="http://www.atelier-motif.com/blog/psychology/archives/2005/04/post_136.html" target="_blank">OLIVE</a>」に連載していた。あのころのOLIVEに、いまだに恋焦がれる私。同じ思いの人がきっといるハズ! 『KINO』も、そういえばOLIVEの紹介が最初だった。<br /><br />

<h3><A HREF="http://kinoiglu.at.infoseek.co.jp/library.kino.html" target="_blank">library kino</a></h3>
映画「KINO」の紹介ページ

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2005年02月14日

思いがけず子供の自我状態を経験するも‥@心理療法の光と影:夢分析

<h2>夢の内容:</h2>
SMAPの中居くんが、ちり紙交換よろしく、メガホン片手に町を練り歩いている。どうやら中居くんは戦隊モノの隊長のようだ。そこへ偽物の集団がさっそうと登場(片手を腰に当て、全員で決めのポーズ。見事な連携)。
中居くん(うわずった声で)「あなた方は誰ですか?」
顔をビニールのマントで隠し「それは言えない。」
敵が現れる。偽物の方が大活躍! 実は本物より強かったのだ。

公共施設の中。お茶する場所を探している。休憩用のスペース(椅子)が雅びなカフェとして利用されている(石に植物が生けられている)。席が一つ空いているが、そこにする気にならず外へ出る。

避暑地を歩いている。いい天気だ。ひとり遅れた女性の体が徐々に溶けていく。
「きゃー、助けて、○○さん!」
名前を呼ばれた友人(女性)が見捨てるように置き去りにしていく。

雑誌で紹介されていた、豪華ホテルに隣接するリゾート施設へ3人で行ってみる(東急○○)。入り口までのエントランスにゴミが散乱している。仕方ないのかな、と思う。
中に入ってみる。脇にあるケースの中の道具が埃をかぶっている。玄関付近の床を業者がモップがけしている。「床掃除はすぐにできるからね。」
取引先のK氏から「試しに利用してみようか」という話が出るが、ボクは気乗りしない。

<h2>夢分析:</h2>
<h3>まずは、お決まりの自由連想法</h3>
今回は、(何を血迷ったか)夢の中のシンボルすべてについて、連想を膨らませてみます。長くてスミマセン。

中居くん→調子がいい(金スマのイメージ)、一方で闇の一面(役者のイメージ)、目が笑ってない。
ちり紙交換→うるさい、トークとムスッとした運転手との温度差(二面性)。
メガホン→アピール、自己中、有頂天、自己陶酔、ひとりで舞い上がってる、水平より上、自我肥大。
戦隊モノ→中居くん以外はまったく目立たない(顔が出て来ない)。
隊長→ミスキャスティング、茶番、パフォーマー、かいらい。
偽物→贋作、人まね、価値がない。
決めのポーズ→得意げ、ポジティブ、美しさ→両面的
見事な連携→集団プレイの美しさ。
うわずった声→緊張、ひがみ、嫉妬。
「あなたは誰ですか?」→何だお前は? 不安、劣等感コンプレックス、手掛りを得て安心(不安を解消)したい。
敵→弱すぎる、影が薄い、気配がない。
偽物の方が強かった→見た目(レッテル)は当てにならない。
公共施設→応用が利かない、杓子定規、窮屈。
お茶する場所→いつものパターン、行かないと気が済まない。
休憩スペース→そんな所でリラックスできない。
雅びなカフェ→アンバランス。
植物の生けられた石→お墓、弔い、健気、ささやか。
空いているが座る気にならず、外へ出る→何となく、理由などない、面倒くさい。
避暑地→縁がない。
いい天気→古いフィルムの中の世界。
ひとり遅れた女性→「サル」と呼ばれてた女性とのぎこちない会話、こっそり自分の本を机から抜き出そうとして「キャー」と叫ばれた。
体が溶ける→ケロイド、魔女、足を切断する空想。
友人に助けを求める→?
見捨てる友人→(シンボルの詳細を思い浮かべて)黒い服に黒い髪、知的できれいな人→昨日の女性
雑誌で紹介のホテル→(シンボルの詳細を思い浮かべて)白と黒のコントラスト、大阪の廃墟同然のアパート、洋風。
隣接のリゾート施設→そこも豪華に違いない。
エントランスのゴミ→手入れが行き届かない、そこまで手が回らない。
ケースの中の埃をかぶった道具→使われていない、過去の遺物、時代遅れ。
玄関を業者がモップがけ→見た目を取り繕う(装う)、ごまかす→こっそり印鑑。
「床掃除はすぐにできるからね」→学中の時、廊下の床にスープの残りを大量にぶちまけてしまい、クラス全員で手伝ってくれたこと→受け入れられている

<h3>自我状態が変化</h3>
最後の部分が2日前の夢の少女と結びつき、このあとの連想に影響を与え、(感情の)トーンが変化している。→これは後述する、交流分析における「子供の自我」の影響と思われます。

「試しに利用してみようか?」→お試し、興味津々、試してみるだけなんだから、もっと気楽に!
乗り気がしない→?

<h3>夢の自我への洞察</h3>
ここで、夢の中の自我(自分)に対する洞察が生まれる。
「夢の中の自我が普段の自我に似ているのは、共感(感情移入)しやすくするためであり、日常の自我は、夢の中の自我を通して無意識との距離(隔たり)を縮めているのではないか?」
「よって夢の自我は、(主として個人的)無意識への水先案内人の役目を果たしているのではないか?」
<br /><br />
<h3>改めて、子供の自我状態で自由連想法</h3>
こんどは、今までの連想をもう一度振り返ってみたくなりました。たびたび長くてスミマセン。

中居くん→大目に見てやろうよ、可愛いじゃない。
ちり紙交換→風物詩、生活の実感。
メガホン→応援。
戦隊モノ→かっこいい!
隊長→ヒーロー
偽物→安い!
決めのポーズ→ヒーロー
見事な連携→興奮、歓喜。
うわずった声→くすぐったい笑い。
「あなたは誰ですか?」→名前なんて言うの? 一緒に遊ぼうよ。
敵→遊び。
偽物の方が強かった→肩透かし。
公共施設→田舎の公民館、お披露目、鼻高々。
お茶する場所→(高校の頃の)ステイタス。
休憩スペース→疲れた~。
雅びなカフェ→お上品。
植物の生けられた石→手を合わす格好良さ。
空いているが座る気にならず、外へ出る→外の方が気持ちいい。
避暑地→お出かけ。
いい天気→気持ちいい!
ひとり遅れた女性→一緒に歩こうよ。
体が溶ける→お化けごっこ。
友人に助けを求める→頼むよ~。
見捨てる友人→ごめんね、意地悪して。
雑誌で紹介のホテル→行ってみたい。
隣接のリゾート施設→楽しみだねぇ。
エントランスのゴミ→片付けよ~。
ケースの中の埃をかぶった道具→宝物。
玄関を業者がモップがけ→キレイキレイしましょ。
「床掃除はすぐにできるからね」→みんなでやればすぐ終わる。
「試しに利用してみようか?」→ワクワク。
乗り気がしない→疲れた、ひと休み。

同じシンボルからの同一人物の連想とはとても思えません。最初の連想が「思索的」「観念的」「否定的」ニュアンスが強いのに対して、あとの連想は「感情的」「実にシンプル!」ときには「独創的」ですらあります。

<h3>交流分析の理論で分析</h3>
これを交流分析の理論で分析すると、前者は「成人の自我状態(=フロイトの言う「自我」に近い)」ないしは「親の自我状態(=フロイトの「超自我」)に近い」、後者は「子供の自我状態(=フロイトの「イド」に近い)」の作用によるもの、となります。
3つの自我はそれぞれに大切な働きを持っており、どれか一つを欠いても心のバランスが崩れてしまいます。たとえば、「成人の自我状態」を欠くと、合理的な判断や行動ができなくなり、このウェブログを書くことすらできないでしょう。「親の自我状態」を欠けば、こんどはルールを無視した自己中になってしまいます。「子供の自我状態」を失えば、毎日を楽しむことすらままならず、創造性とは無縁の味気ない人生が待っていることでしょう。

私個人の例に当てはめると、普段(つまり前者)の私は、どうもあまり「子供の自我状態」を体験していないようです。それがたまたま夢分析を通してスポットライトが当てられ、溢れ出したのです。

<h3>サイコシンセシスの考え</h3>
もし私が(普段は劣等な)「子供の自我状態」をもっと増やしたいと思ったら「サイコシンセシス」の考え方が役立ちます。
サイコシンセシスでは、心を「一定量のエネルギー」と考えます。したがって、心のある面にエネルギーが注がれれば、そうでない部分はエネルギーを失い、相対的に小さくなっていくわけです(セラピストの<a href="http://www.venus.dti.ne.jp/~dream1/index.html" target="_blank">江夏亮氏</a>も同様のことをおっしゃってます)。
ずいぶん前ですが、サイコシンセシスのセラピストの国谷誠朗さんがテレビで、怒りが抑えられないクライアントに対して
「(心理療法の場で)怒りを表現して発散させる暇があったら、ぬいぐるみを優しく抱きしめてあげて下さい。」と、おっしゃってました。
けだし名言です。

<h3>サイコシンセシスと行動療法の類似点</h3>
また、この考え方はどこか『行動療法』に似ている気がします。怒りの原因を究明するのではなく、それ以外の感情に徐々に心を慣らしていくわけです。
人間性を重んじるサイコシンセシスが、その対極に位置する行動療法と、根っこの所で繋がっているというのは妙なものです。

今日、私は忘れかけていた「子供の自我状態」に触れることができました。そして、そのことを伝えるために「成人の自我状態」にいます。
最後まで読んでくれて、ありがとう。

<h3>関連書籍</h3>
<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4788960699/ateliermotif-22" target="_blank">TA TODAY―最新・交流分析入門</a>

<A HREF="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4414325048/ateliermotif-22" target="_blank">サイコシンセシス―統合的な人間観と実践のマニュアル サイコシンセシス叢書4/ロベルト アサジョーリ著</a>

<A HREF="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4484041170/ateliermotif-22" target="_blank">自信を持てないあなたへ―自分でできる認知行動療法/メラニー フェネル著</A>

<h2>補足(心理療法の光と影):</h2>
このブログを書いた後、しばらくして気分が悪くなりました。
「子供の自我状態」は、楽しいことばかりとは限りません。それによって嫌な思いをすることもあります。抑圧されていればいるほど、それは堰を切って溢れ出てきます。
その意味で心理療法は、良いことも悪いことも含めて “全部自分のこと” として引受けるプロセスとも言えます。とてもじゃありませんが、人様に気安く勧められるものではありませぬ。

<h3>関連書籍</h3>
<A HREF="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4422110128/ateliermotif-22" target="_blank">心理療法の光と影 ― 援助専門家の<力> ユング心理学選書2</a>

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2005年02月11日

懺悔な夢分析@少女→一族へシフト

<h2>夢の内容:</h2>
私の(架空の)娘が手の平から血を流している。いつまで経っても止まらない、早く病院につれていかねば。
これは私も含めて、一族に綿々と受け継がれてきた病気である。

<h2>夢分析:</h2>
<h3>まずは自由連想法</h3>
(架空の)娘→おかっぱで、白いブラウスにジャンパースカートをはいていた。どこか古めかしい。
→トイレの花子さん! 顔もどこかおぼろげだ。
→以前に見た夢。

文化村のスタバ。少女が両親から離れて近付いて来て、床にしゃがむ。液体(血)が流れる。父親「オシッコしたんじゃないのか」

前回の夢では、いわゆる「少女の初潮」として現れた元型的イメージが、今回の夢では、より集合的・普遍的なイメージに変容しています。
前回は少女の個人的な問題として、ひとりで抱えるしかなかったことが(父親の的外れな発言を参照)、今は「一族全体の問題」として捉えられており、少女もひとりで悩む必要がなくなっています(良かった、良かった)。

<h3>シンクロニシティ:</h3>
これ以上の分析に詰まったところで、突然お味噌汁のような香りが漂ってきた。フレッシュネスバーガーにそんなメニューあったかな? 鼻音痴? 放っといて下さい。

血の「流れ」と「お味噌汁」とが結びつき、過去の記憶が呼び覚まされます。
小学生の頃、Kちゃんに連れられて釣りに行った時のこと。近くの病院からお味噌汁が大量に流されてきた(やだなぁ、釣った魚食べようと思ってたのに)。
その後、記憶はKちゃんが転校先の静岡から、せっかく電話してきてくれたのに実に素っ気ない態度を取ったことへ。第一声「何?」だよ。
どうも最後は自分が犯した薄情な行ないの数々に落ち着くようで。はぁ~、懺悔、懺悔。

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2005年02月09日

羊→得意げなヘビ@夢分析実録

<h2>夢の内容:</h2>
のどかな景色を知人と楽しむ。小高い丘が見えてくる。
「羊でも飼っていそうな所だね。」
本当にいた! こちらを見ている気がする。

町に戻る。久々、スタバに入る。
「この辺だと<a href="http://www.atelier-motif.com/blog/psychology/archives/2005/01/post_11.html">トライベッカデリ</a>もお勧めですよ。」と得意げに話す。

店を出る。みんなで神輿のような(あるいはテントのような)物を運ぶ。家の近くの交差点まで来ると、
「○○さん(私)、上に乗って下さい。」
「えっ、いいんですか?」
不思議とスイスイ滑るように動いた。

<h2>夢分析:</h2>
<h3>まずは自由連想法</h3>
羊→<a href="http://www.atelier-motif.com/blog/psychology/archives/2005/02/post_51.html">昨日の夢分析</a>に出てきた。
 →羊飼い→幼稚園の演劇でヨセフ(イエス・キリストの父)を演じた。幼稚園時の数少ない記憶の一つ。けっこう得意げだった気がする。体が弱くて運動も苦手、おまけに集団行動に馴染めなかった私にとって、図工と金曜日の聖書の時間だけが救いだった。図工の時間も、たびたび褒められた記憶がある。
他人に褒められ得意げになる “快感” を覚えたのは、どうやらこの頃のようだ。

後半部は “子供の頃の楽しい遊び” のようなものを連想させる。ここでも私は他を従える “王様” だ。
→この感覚は小学校2年生までの私を連想させる。(この頃までは!)勉強が面白くて成績も良く、自らを「漢字博士」などと呼んでいた(ヤなガキですね~)。
この時期育まれた性格は今でも根深く影を落としており、今日行った美容室「<a href="http://www.atelier-motif.com/blog/psychology/archives/2005/01/post_10.html">ジャクメル</a>」でも実に “得意げに” 語っていました(懲りない奴だ)。他にも挙げれば切りがありません!

<a href="http://www.atelier-motif.com/blog/psychology/archives/2005/02/post_51.html">昨日の夢分析</a>との兼ね合いでは、普段は大人しい “羊” の私も、いったん “ヘビ” に変身すると、相手より “知的に” (ここが私のポイント)優位に立とうと突き動かされるのです。(昨日のヘボな分析のフォローになってますでしょうか?)

今回の気づきは決して目新しいものではありません。むしろ “分かりきっている” ことです! が、しかし、頭で理解してもそれを(体験的であれ、イメージの中で象徴的にであれ)活かさない限り、無意識(深層心理)は心のバランスを取り戻すために繰り返し実現を迫ってきます。
このプロセスは、どこか座禅に似ています。雑念が浮かぶ。それを意識して「雑念、雑念」とやり過ごす。再び現れる。またやり過ごす。…心のバランスが崩れる。気づいて元に戻す、また…の繰り返し。

本当に大変なのは気づきを “得る” ことではなく、気づきを “生きる” ことだと思います。特に私のように思考タイプかつ、ものぐさな人間にとっては。

最後に、『<a href="http://www.atelier-motif.com/blog/psychology/archives/2005/01/post_21.html">ビー・ヒア・ナウ</a>』に習って、また同じ状況になった時の自分に気づきやすくなるように、名前を付けましょう。『得意げなヘビ』というのはどうでしょう?

おまけ(各学派の心理的理論):
アドラー心理学:
初期の権力志向論。人間を突き動かす(無意識の)本能は、権力を手に入れようとする事とであるとした。

人生脚本:
ドライバー(駆り立てるもの)。
<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4788960699/ateliermotif-22" target="_blank">TA TODAY―最新・交流分析入門</a>
第16章を参照。

ユング(分析)心理学:
王子とそれを駆り立てる王女のおとぎ話。
<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4414402905/ateliermotif-22" target="_blank">ドリームボディ―自己(セルフ)を明らかにする身体</a>
著者のアーノルド・ミンデルが唯一、おとぎ話を分析している本。監訳者がもっと続けてくれたらいいのに、と「解題」で嘆いている。

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投稿者 a_motif_mt : 02:58 | コメント (0) | トラックバック

2005年02月08日

水晶、カエル、ヘビ…いっぱい、いっぱい@ヘボな夢分析

<h2>夢の内容:</h2>
病院にいる。車イスの老人をチラリと見る。目が合う。彼の方から視線を外すのを期待するが、いつまでも私を見つめている。青い瞳がいつまでも…
老人の娘がやってくる。そのネイティブアメリカン風の肌や顔立ちが、白人の父親のそれとそぐわない気がした。

<h2>夢分析:</h2>
<h3>まずは自由連想法</h3>
青い瞳→青い水晶。またしても<a href="http://www.atelier-motif.com/blog/psychology/archives/2005/02/post_49.html">水晶</a>だ。続ける。リコーのキャンペーンCM。…限界。夢の中では印象的だったのに、もうイメージすることができない。

仕方ない、次のイメージへ。
ネイティブアメリカン風の娘→質素。以前下宿していた「メゾン一刻」(ホントにそういう名前だった!)の同居人のかわいい子(看護学校の生徒さん。もう顔は思い出せない。長い髪を後ろで結んでいたので連想したんだろう)。

ここで娘の表情に注意が向く。せつなそうなその表情、<a href="http://www.atelier-motif.com/blog/psychology/archives/2005/01/post_36.html">先日の天使</a>と同じだ。天使が別の姿をとって現れたのだ。ただしこの娘の場合、どこか「凛」とした強さを合わせ持っている。

<h3>突如、アクティブイマジネーションへ移行</h3>
今度は父親のイメージが動き出す。いきなり笑い出す、狂ったように。完全にいってしまっている。そうか、このことで娘は苦しんでいたのか。
父親のお腹がみるみる膨らんでいく。カエルだ。イソップ物語にある、子供の前で牛の真似をして、無理してお腹を膨らませてみせる父親カエルだ。

はち切れんばかりにお腹が膨らんでいるのに、父親は笑い続けている。恐怖と興奮が入り交じっている。本物の狂気だ。ここで子供の頃に読んだマンガを思い出す。

人間の顔をした木の実を食べて狂った男。咳き込むと口からウジ虫が出てくる。しまいには自分の肉を食いながら死んで行く。男の亡骸からは、また新たな木が育つ。こうして狂気の芽が増えていく。
気持ち悪くも、どこかで惹かれていた記憶がある。

<h3>ここで新たな連想</h3>
人間が木になる→<a href="http://www.atelier-motif.com/blog/psychology/archives/2005/01/post_38.html">先日の魔女</a>のイメージと同じだ。あと男の行動から『ウロボロスのヘビ』(自分の尻尾を食べるヘビ。終わりのない「永遠」の象徴)。また、脱皮することから「再生」の象徴でもある。そういえば前述の魔女はヘビの血を飲んで魔力を取り戻した。

<h3>ヘビの夢</h3>
ヘビについて、むかし見た印象的な夢を思い出す。
コブラヘビの王女が羊から変身した別のヘビに食べられる。その瞬間の表情が何とも形容しがたい。

あとは、ツタンカーメン王のマスクに飾られたヘビが連想される。ツタンカーメン王をはじめとした古代文明への興味は、おそらく他人からの「取り入れ」ではない最初のものである。『ツタンカーメン王の秘密』を読み返すと、2、3ページごとに鉛筆で印が付けてある。初めての漢字混じりの本で、たしか2ヶ月近くかかって読んだ覚えがある。途中、<a href="http://www.atelier-motif.com/blog/psychology/archives/2005/01/post_38.html">マストロヤンニが行ったように</a>、死者への弔いとして、お妃が花を一輪捧げるシーンが出てくる。

ヘビそのものからの個人的連想としては、いつの間にか現れ相手を倒すイメージがある。そういえば、よく “気配がない” といわれる。執念深いところがあるしピッタリだ! あんまり嬉しくないんですけど…

ブラックジャックにも人間が木になる物語がある。その老木は永遠の生を授かったかのように、朽ち果てることがない。切り倒すと祟りがあると怖れられる(畏敬の念)、いわゆる『神木』だ。

収拾がつかなくなったところで再び「水晶」から、今度は知り合いの水晶好きの女性を連想する。しかし、ここでその方のことをあれこれ書くのはプライバシーの問題もあります(何より恥ずかしい!)。代わってその方に対する「投影」を探ることもありですが、も~いっぱい、いっぱいなのでご勘弁。
ユングも言っています。「個々の夢は無意識全体の流れの一瞬を切り取った “断片” に過ぎない」と。分析の続きは、<a href="http://www.atelier-motif.com/blog/psychology/archives/2005/02/post_52.html">次回の夢</a>にお任せしましょう(完全に逃げの体制)。

<a href="http://dream-seeker.holy.jp/blog/" target="_blank">夢分析・心理カウンセリングのご案内 >></a>

投稿者 a_motif_mt : 03:32 | コメント (0) | トラックバック

2005年02月06日

貞子、ひえ~@羽交い締めにされ万事休す:夢分析

<h2>夢の内容:</h2>
チャリで4号線(注)を西へ。おばちゃんが犬の散歩をしている。こっちに突進してくるのでハンドルを切って避ける。おっとっと。
すると気味の悪い女性が前に立ちはだかる。何か声を発しうつむく。髪が覆いかぶさり顔が見えなくなる。ひえ~、貞子だ! 逃げるより一瞬早く羽交い締めにされ万事休す。ブツブツ何か言っているのが遠くに聞こえる。
翌日、そのことを興奮しながら知人Tに話す。

注)4号線~実家のそばを通る道。夢に「道」が出てくる時には、なぜかここが一番多い。それも大抵、家の方に向かっている。

<h2>夢分析:</h2>
以前の夢に出てきた「<a href="http://www.atelier-motif.com/blog/psychology/archives/2005/01/200514.html">謎の女</a>」がその後「<a href="http://www.atelier-motif.com/blog/psychology/archives/2005/02/post_49.html">宇宙人の子供</a>」、そして今回は「貞子」になって現れてきたと考えられる。
夢ではこのように一つの元型ないしコンプレックスが様々な形でもって現れてくる、それもどんどんインパクトを増しながら。こわい、こわい。
こうたびたび出てくるのは、よほど重要な意味があるに違いない。

<ins datetime="2005-02-27T02:30:00+9:00"><h2>貞子(補足):</h2>「貞子」は夢に限らす、イメージワークの中でも、たびたび横槍を入れてきます。目立ちたがり屋なのでしょうか? いずれアクティブ・イマジネーションで対決せねばなるまい。
しかし、相手が貞子だけにそのまま引きずり込まれるかもしれません。もうちょっと<a href="http://www.atelier-motif.com/blog/psychology/archives/cat9/cat18/cat63/index.html" target="_blank">ピラティス</a>で体を鍛えてからにします(関係ないか)。</ins>

<a href="http://page.freett.com/omosiroz/omosiro/sadako.htm" target="_blank">貞子画像</a>
怖いです、とっても(泣)。

投稿者 a_motif_mt : 04:01 | コメント (0) | トラックバック

古い知恵&信仰@水晶の象徴:夢分析

<strong>夢の内容:</strong>
見知らぬ土地。グラウンドで子供たちがサッカーをしている。保護者も一緒だ。何とはなしに、それを見ながらゆっくりと歩く。後ろからホームレスが近づいて来る。靴を片方(左)脱ぎ臭いを確かめる。臭わな~い。

Kさん、Hさんと3人で部屋を借りる。掃除はどうするんだろう? Kさんが「今週は私がやるから」 左からKさん、Hさん、私の順に布団が敷いてある。「○○さん(私)、真ん中に寄り過ぎ!」布団ごと、端にずらされる。最初からそこに敷いてあったのに…。
Hさんに、身に覚えのない荷物を見せられる。ブルーの細長い水晶、ダウンジングの道具…etc。
左の背中に何かがくっついている感覚。気味が悪くなり、ひとりギャーギャー騒ぎ出す。

<strong>夢分析:</strong>
水晶~「古い知恵」や「信仰」の象徴。
ダウンジング~宝物(古い知恵)を見つけるための道具。
自分のものだと思えない~今は、それらを受け入れることがまだ出来ない。
何かがくっついている~再度イメージすると、宇宙人の子供のようだ。

*********************************************
<a href="http://px.a8.net/svt/ejp?a8mat=TW4ZR+AY4Z8Y+5WS+C28PV&a8ejpredirect=http%3A%2F%2Fwww.rakuten.co.jp%2Fkeitai-kazariya%2F535869%2F535021%2F" target="_blank"><strong>ディズニー・水晶ストラップ</strong></a>
着信すると水晶がキラキラッ★と光るよ!
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投稿者 a_motif_mt : 00:59 | コメント (0)

2005年02月01日

BERGのカレーの記事訂正へ奔走@ブログ、エライことになってきた:夢分析

<strong>夢の内容:</strong>
フレッシュネスバーガーのようなお店。置くの席にいる。レジで会計。見上げると白い紙で「〇〇のお客さま699円」とある。もう一品頼む。合計705円、計算合ってるのかな?

取引先へ。「申し訳ありません、書類をなくしてしまいまして。」
Nさんが新しく用意してくれる。「あれ、最重要機密だったんで心配してたんですよ。」
残った新聞の山で<strong>裏を取る</strong>。
「大丈夫みたいですね。」(まだ新聞が残ってるんですけど…)
上司の方と出かけるが、エレベーターの前ではぐれてしまう。
トイレに行きたくなるが、長蛇の列。一向に進まない。何でこんなに混んでるんだろう? 乗り換え駅まで走って、そこでしようとも思うが、そこまで我慢できそうにない。

<strong>夢分析:</strong>
<strong>裏を取る</strong>~自転車に乗っていて突然連想がはたらく。これはウェブログで、内容の「裏を取る」ために他のサイトへリンクしたりすることを差しているのではないか? そう思うと確かめずに於けなくなる。
まずはBERGへ。やはり違っていた。<a href="http://www.atelier-motif.com/blog/psychology/archives/2005/02/bergberg.html" target="_blank">カレーの名前も、使われているごはんの種類も</a>…ボロボロだ。
こうなるとセガフレード・ザネッティの<a href="http://www.atelier-motif.com/blog/psychology/archives/2005/01/post_39.html" target="_blank">リコッタチーズの記事</a>も自信がなくなってくる。

続いて<a href="http://www.atelier-motif.com/blog/psychology/archives/cat13/cat72/index.html" target="_blank">セガフレード・ザネッティ</a>へ。リコッタチーズ、これは正解だった。

こうして自分が書いた記事のために、ごはんやお茶する場所が影響を受けるという、妙な話になってきている。
気軽に始めたはずのブログだが、(なまじ『<a href="http://www.atelier-motif.com/blog/psychology/archives/2005/01/post_1.html" target="_blank">ウェブログ・ハンドブック</a>』なんて本を読んで影響を受けてしまったがために)ちゃんとやろうとすると、なかなかにシンドイ。それが成長を促すのもまた事実だけど…

投稿者 a_motif_mt : 22:31 | コメント (0) | トラックバック

2005年01月30日

「結婚(結合)の象徴」Part2@うたた寝:夢分析

<strong>夢の内容:</strong>
彩度が低く風情のある光景。ここは水の町。一艘のボート。男子生徒。トンネルに差しかかる。女性の声「どーせなら、一緒に見せっこすれば良いのに」。付き合っている彼女が現れ、背中合わせに座る。カメラはそれを逆光で狙い続ける。

<strong>夢分析:</strong>
前回同様「結婚(対立物の結合)の象徴」。だとすると、声の主は自我意識を導くアニマ像。
同じようなテーマの夢を見たのがいずれも、<a href="http://www.atelier-motif.com/blog/psychology/archives/cat9/cat61/index.html" target="_blank">うたた寝</a>。うたた寝は夜の睡眠時よりも意識が残っているので、夢を覚えている確率が高い。明晰夢も起こりやすい。

このあと、すぐにアクティブ・イマジネーションでイメージを追い続けるので、<a href="http://www.atelier-motif.com/blog/psychology/archives/2005/01/post_36.html">次のポスト</a>も見てね~ !!

投稿者 a_motif_mt : 23:26 | コメント (0)

2005年01月29日

結婚(結合)の象徴@アニマ:夢分析

<strong>夢の内容:</strong>
マングローブに彩られた東南アジア風の室内。外光が微かに差す中、スレンダーな女性が見事な褐色の肌を惜し気もなく曝している。何かが眩いばかりに光輝く。その光で女性の体をゆっくりと隅々まで照らし出す。それは神聖な儀式のようだ。やがて花束を持った男性が静かに近づいて来る。

<strong>夢分析:</strong>
親しみのある異国情緒~未知だが、どこか安らぎを覚える無意識の領域。
外光が微かに差す~すでに意識の光が当てられる準備は整っている。
スレンダーな女性が褐色の肌を惜し気もなく曝している~アニマが喜びとともに迎え入れる。
何かが眩いばかりに光輝く~やがて時が来る。
その光で女性の体をゆっくりと隅々まで照らし出す~アニマが意識の世界に厳かに姿を現す。
神聖な儀式~そりゃそうだろ。
やがて花束を持った男性が静かに近づいて来る~結合の予感。この時をどれほど待ち望んだことか。
これは『結婚(結合)の象徴』である。

タイ料理THONGにて食後のプーアル茶を飲みながら、思い付くままにサクサクっと。至福のひととき(ある意味、毒)。こんな分析でいいのか?
ぼちぼち仕事に行かねば。

<a href="http://www.bld-group.com/thong/" target="_blank">タイ料理 沌-THONG- オフィシャルウェブサイト</a>
「タイの昔話」のコンテンツがある。なかなか工夫してますね。
ランチで、「魚介類の炒め物」をよく食べる、肉より魚の人なので。辛さが変更可能なのも、さり気なく嬉しい。

投稿者 a_motif_mt : 13:31 | コメント (0)

2005年01月28日

ナラティブセラピーへのアンチテーゼ@アニマ救出:夢分析

<strong>夢の内容:</strong>
同胞の女性をパスポート偽造で逃がしてやろうとしている。ところが戸籍の当人にバレてしまい追われる身に。でも先に警察に登録してしまえば、相手は手も足も出ない。
必死の逃走劇。ダメっぽい。ブルース・ブラザーズを気取った男性陣が道を“さり気なく”横切ってブロック。決して意図を悟られてはならない、すべてが水の泡だ。

<strong>夢分析:</strong>
これは<a href="http://www.atelier-motif.com/blog/psychology/archives/2005/01/post_14.html">先日のナラティブセラピー</a>へのアンチテーゼだ。
いくら彼女(アニマ)が超人でも万能ではない。より高みを目指すには男性原理の助けがいる。ちょうど娘の成功に、お父上(男性原理)の後ろ楯が必要であったように。

<a href="http://dream-seeker.holy.jp/blog/" target="_blank">夢分析・心理カウンセリングのご案内 >></a>

投稿者 a_motif_mt : 01:01 | コメント (0) | トラックバック