2005年02月14日

思いがけず子供の自我状態を経験するも‥@心理療法の光と影:夢分析

<h2>夢の内容:</h2>
SMAPの中居くんが、ちり紙交換よろしく、メガホン片手に町を練り歩いている。どうやら中居くんは戦隊モノの隊長のようだ。そこへ偽物の集団がさっそうと登場(片手を腰に当て、全員で決めのポーズ。見事な連携)。
中居くん(うわずった声で)「あなた方は誰ですか?」
顔をビニールのマントで隠し「それは言えない。」
敵が現れる。偽物の方が大活躍! 実は本物より強かったのだ。

公共施設の中。お茶する場所を探している。休憩用のスペース(椅子)が雅びなカフェとして利用されている(石に植物が生けられている)。席が一つ空いているが、そこにする気にならず外へ出る。

避暑地を歩いている。いい天気だ。ひとり遅れた女性の体が徐々に溶けていく。
「きゃー、助けて、○○さん!」
名前を呼ばれた友人(女性)が見捨てるように置き去りにしていく。

雑誌で紹介されていた、豪華ホテルに隣接するリゾート施設へ3人で行ってみる(東急○○)。入り口までのエントランスにゴミが散乱している。仕方ないのかな、と思う。
中に入ってみる。脇にあるケースの中の道具が埃をかぶっている。玄関付近の床を業者がモップがけしている。「床掃除はすぐにできるからね。」
取引先のK氏から「試しに利用してみようか」という話が出るが、ボクは気乗りしない。

<h2>夢分析:</h2>
<h3>まずは、お決まりの自由連想法</h3>
今回は、(何を血迷ったか)夢の中のシンボルすべてについて、連想を膨らませてみます。長くてスミマセン。

中居くん→調子がいい(金スマのイメージ)、一方で闇の一面(役者のイメージ)、目が笑ってない。
ちり紙交換→うるさい、トークとムスッとした運転手との温度差(二面性)。
メガホン→アピール、自己中、有頂天、自己陶酔、ひとりで舞い上がってる、水平より上、自我肥大。
戦隊モノ→中居くん以外はまったく目立たない(顔が出て来ない)。
隊長→ミスキャスティング、茶番、パフォーマー、かいらい。
偽物→贋作、人まね、価値がない。
決めのポーズ→得意げ、ポジティブ、美しさ→両面的
見事な連携→集団プレイの美しさ。
うわずった声→緊張、ひがみ、嫉妬。
「あなたは誰ですか?」→何だお前は? 不安、劣等感コンプレックス、手掛りを得て安心(不安を解消)したい。
敵→弱すぎる、影が薄い、気配がない。
偽物の方が強かった→見た目(レッテル)は当てにならない。
公共施設→応用が利かない、杓子定規、窮屈。
お茶する場所→いつものパターン、行かないと気が済まない。
休憩スペース→そんな所でリラックスできない。
雅びなカフェ→アンバランス。
植物の生けられた石→お墓、弔い、健気、ささやか。
空いているが座る気にならず、外へ出る→何となく、理由などない、面倒くさい。
避暑地→縁がない。
いい天気→古いフィルムの中の世界。
ひとり遅れた女性→「サル」と呼ばれてた女性とのぎこちない会話、こっそり自分の本を机から抜き出そうとして「キャー」と叫ばれた。
体が溶ける→ケロイド、魔女、足を切断する空想。
友人に助けを求める→?
見捨てる友人→(シンボルの詳細を思い浮かべて)黒い服に黒い髪、知的できれいな人→昨日の女性
雑誌で紹介のホテル→(シンボルの詳細を思い浮かべて)白と黒のコントラスト、大阪の廃墟同然のアパート、洋風。
隣接のリゾート施設→そこも豪華に違いない。
エントランスのゴミ→手入れが行き届かない、そこまで手が回らない。
ケースの中の埃をかぶった道具→使われていない、過去の遺物、時代遅れ。
玄関を業者がモップがけ→見た目を取り繕う(装う)、ごまかす→こっそり印鑑。
「床掃除はすぐにできるからね」→学中の時、廊下の床にスープの残りを大量にぶちまけてしまい、クラス全員で手伝ってくれたこと→受け入れられている

<h3>自我状態が変化</h3>
最後の部分が2日前の夢の少女と結びつき、このあとの連想に影響を与え、(感情の)トーンが変化している。→これは後述する、交流分析における「子供の自我」の影響と思われます。

「試しに利用してみようか?」→お試し、興味津々、試してみるだけなんだから、もっと気楽に!
乗り気がしない→?

<h3>夢の自我への洞察</h3>
ここで、夢の中の自我(自分)に対する洞察が生まれる。
「夢の中の自我が普段の自我に似ているのは、共感(感情移入)しやすくするためであり、日常の自我は、夢の中の自我を通して無意識との距離(隔たり)を縮めているのではないか?」
「よって夢の自我は、(主として個人的)無意識への水先案内人の役目を果たしているのではないか?」
<br /><br />
<h3>改めて、子供の自我状態で自由連想法</h3>
こんどは、今までの連想をもう一度振り返ってみたくなりました。たびたび長くてスミマセン。

中居くん→大目に見てやろうよ、可愛いじゃない。
ちり紙交換→風物詩、生活の実感。
メガホン→応援。
戦隊モノ→かっこいい!
隊長→ヒーロー
偽物→安い!
決めのポーズ→ヒーロー
見事な連携→興奮、歓喜。
うわずった声→くすぐったい笑い。
「あなたは誰ですか?」→名前なんて言うの? 一緒に遊ぼうよ。
敵→遊び。
偽物の方が強かった→肩透かし。
公共施設→田舎の公民館、お披露目、鼻高々。
お茶する場所→(高校の頃の)ステイタス。
休憩スペース→疲れた~。
雅びなカフェ→お上品。
植物の生けられた石→手を合わす格好良さ。
空いているが座る気にならず、外へ出る→外の方が気持ちいい。
避暑地→お出かけ。
いい天気→気持ちいい!
ひとり遅れた女性→一緒に歩こうよ。
体が溶ける→お化けごっこ。
友人に助けを求める→頼むよ~。
見捨てる友人→ごめんね、意地悪して。
雑誌で紹介のホテル→行ってみたい。
隣接のリゾート施設→楽しみだねぇ。
エントランスのゴミ→片付けよ~。
ケースの中の埃をかぶった道具→宝物。
玄関を業者がモップがけ→キレイキレイしましょ。
「床掃除はすぐにできるからね」→みんなでやればすぐ終わる。
「試しに利用してみようか?」→ワクワク。
乗り気がしない→疲れた、ひと休み。

同じシンボルからの同一人物の連想とはとても思えません。最初の連想が「思索的」「観念的」「否定的」ニュアンスが強いのに対して、あとの連想は「感情的」「実にシンプル!」ときには「独創的」ですらあります。

<h3>交流分析の理論で分析</h3>
これを交流分析の理論で分析すると、前者は「成人の自我状態(=フロイトの言う「自我」に近い)」ないしは「親の自我状態(=フロイトの「超自我」)に近い」、後者は「子供の自我状態(=フロイトの「イド」に近い)」の作用によるもの、となります。
3つの自我はそれぞれに大切な働きを持っており、どれか一つを欠いても心のバランスが崩れてしまいます。たとえば、「成人の自我状態」を欠くと、合理的な判断や行動ができなくなり、このウェブログを書くことすらできないでしょう。「親の自我状態」を欠けば、こんどはルールを無視した自己中になってしまいます。「子供の自我状態」を失えば、毎日を楽しむことすらままならず、創造性とは無縁の味気ない人生が待っていることでしょう。

私個人の例に当てはめると、普段(つまり前者)の私は、どうもあまり「子供の自我状態」を体験していないようです。それがたまたま夢分析を通してスポットライトが当てられ、溢れ出したのです。

<h3>サイコシンセシスの考え</h3>
もし私が(普段は劣等な)「子供の自我状態」をもっと増やしたいと思ったら「サイコシンセシス」の考え方が役立ちます。
サイコシンセシスでは、心を「一定量のエネルギー」と考えます。したがって、心のある面にエネルギーが注がれれば、そうでない部分はエネルギーを失い、相対的に小さくなっていくわけです(セラピストの<a href="http://www.venus.dti.ne.jp/~dream1/index.html" target="_blank">江夏亮氏</a>も同様のことをおっしゃってます)。
ずいぶん前ですが、サイコシンセシスのセラピストの国谷誠朗さんがテレビで、怒りが抑えられないクライアントに対して
「(心理療法の場で)怒りを表現して発散させる暇があったら、ぬいぐるみを優しく抱きしめてあげて下さい。」と、おっしゃってました。
けだし名言です。

<h3>サイコシンセシスと行動療法の類似点</h3>
また、この考え方はどこか『行動療法』に似ている気がします。怒りの原因を究明するのではなく、それ以外の感情に徐々に心を慣らしていくわけです。
人間性を重んじるサイコシンセシスが、その対極に位置する行動療法と、根っこの所で繋がっているというのは妙なものです。

今日、私は忘れかけていた「子供の自我状態」に触れることができました。そして、そのことを伝えるために「成人の自我状態」にいます。
最後まで読んでくれて、ありがとう。

<h3>関連書籍</h3>
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<A HREF="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4414325048/ateliermotif-22" target="_blank">サイコシンセシス―統合的な人間観と実践のマニュアル サイコシンセシス叢書4/ロベルト アサジョーリ著</a>

<A HREF="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4484041170/ateliermotif-22" target="_blank">自信を持てないあなたへ―自分でできる認知行動療法/メラニー フェネル著</A>

<h2>補足(心理療法の光と影):</h2>
このブログを書いた後、しばらくして気分が悪くなりました。
「子供の自我状態」は、楽しいことばかりとは限りません。それによって嫌な思いをすることもあります。抑圧されていればいるほど、それは堰を切って溢れ出てきます。
その意味で心理療法は、良いことも悪いことも含めて “全部自分のこと” として引受けるプロセスとも言えます。とてもじゃありませんが、人様に気安く勧められるものではありませぬ。

<h3>関連書籍</h3>
<A HREF="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4422110128/ateliermotif-22" target="_blank">心理療法の光と影 ― 援助専門家の<力> ユング心理学選書2</a>

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投稿者 a_motif_mt : 04:26 | コメント (0) | トラックバック

2005年02月09日

羊→得意げなヘビ@夢分析実録

<h2>夢の内容:</h2>
のどかな景色を知人と楽しむ。小高い丘が見えてくる。
「羊でも飼っていそうな所だね。」
本当にいた! こちらを見ている気がする。

町に戻る。久々、スタバに入る。
「この辺だと<a href="http://www.atelier-motif.com/blog/psychology/archives/2005/01/post_11.html">トライベッカデリ</a>もお勧めですよ。」と得意げに話す。

店を出る。みんなで神輿のような(あるいはテントのような)物を運ぶ。家の近くの交差点まで来ると、
「○○さん(私)、上に乗って下さい。」
「えっ、いいんですか?」
不思議とスイスイ滑るように動いた。

<h2>夢分析:</h2>
<h3>まずは自由連想法</h3>
羊→<a href="http://www.atelier-motif.com/blog/psychology/archives/2005/02/post_51.html">昨日の夢分析</a>に出てきた。
 →羊飼い→幼稚園の演劇でヨセフ(イエス・キリストの父)を演じた。幼稚園時の数少ない記憶の一つ。けっこう得意げだった気がする。体が弱くて運動も苦手、おまけに集団行動に馴染めなかった私にとって、図工と金曜日の聖書の時間だけが救いだった。図工の時間も、たびたび褒められた記憶がある。
他人に褒められ得意げになる “快感” を覚えたのは、どうやらこの頃のようだ。

後半部は “子供の頃の楽しい遊び” のようなものを連想させる。ここでも私は他を従える “王様” だ。
→この感覚は小学校2年生までの私を連想させる。(この頃までは!)勉強が面白くて成績も良く、自らを「漢字博士」などと呼んでいた(ヤなガキですね~)。
この時期育まれた性格は今でも根深く影を落としており、今日行った美容室「<a href="http://www.atelier-motif.com/blog/psychology/archives/2005/01/post_10.html">ジャクメル</a>」でも実に “得意げに” 語っていました(懲りない奴だ)。他にも挙げれば切りがありません!

<a href="http://www.atelier-motif.com/blog/psychology/archives/2005/02/post_51.html">昨日の夢分析</a>との兼ね合いでは、普段は大人しい “羊” の私も、いったん “ヘビ” に変身すると、相手より “知的に” (ここが私のポイント)優位に立とうと突き動かされるのです。(昨日のヘボな分析のフォローになってますでしょうか?)

今回の気づきは決して目新しいものではありません。むしろ “分かりきっている” ことです! が、しかし、頭で理解してもそれを(体験的であれ、イメージの中で象徴的にであれ)活かさない限り、無意識(深層心理)は心のバランスを取り戻すために繰り返し実現を迫ってきます。
このプロセスは、どこか座禅に似ています。雑念が浮かぶ。それを意識して「雑念、雑念」とやり過ごす。再び現れる。またやり過ごす。…心のバランスが崩れる。気づいて元に戻す、また…の繰り返し。

本当に大変なのは気づきを “得る” ことではなく、気づきを “生きる” ことだと思います。特に私のように思考タイプかつ、ものぐさな人間にとっては。

最後に、『<a href="http://www.atelier-motif.com/blog/psychology/archives/2005/01/post_21.html">ビー・ヒア・ナウ</a>』に習って、また同じ状況になった時の自分に気づきやすくなるように、名前を付けましょう。『得意げなヘビ』というのはどうでしょう?

おまけ(各学派の心理的理論):
アドラー心理学:
初期の権力志向論。人間を突き動かす(無意識の)本能は、権力を手に入れようとする事とであるとした。

人生脚本:
ドライバー(駆り立てるもの)。
<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4788960699/ateliermotif-22" target="_blank">TA TODAY―最新・交流分析入門</a>
第16章を参照。

ユング(分析)心理学:
王子とそれを駆り立てる王女のおとぎ話。
<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4414402905/ateliermotif-22" target="_blank">ドリームボディ―自己(セルフ)を明らかにする身体</a>
著者のアーノルド・ミンデルが唯一、おとぎ話を分析している本。監訳者がもっと続けてくれたらいいのに、と「解題」で嘆いている。

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投稿者 a_motif_mt : 02:58 | コメント (0) | トラックバック

2005年01月29日

人生脚本「虐げられる運命」パート2@粥餐庁(かゆさんちん):交流分析

@粥餐庁(かゆさんちん)
またしても注文を訊きに来ない、いつまで経っても。呼び止めてもダメだ。<a href="http://www.atelier-motif.com/blog/psychology/archives/2005/01/post_21.html">前回のこと</a>もあってか「もういいや」、少し大人げないと思ったがこのまま帰ることにする。会計をせずに出るので「何か言われるのではないか?」と思い、少しドキドキする。
ところがあっさりと「ありがとうございました」とこっちも見ずに言われた、“邪魔者がいなくなった”と言わんばかりの態度で。
故意だったことが分かりショックを受ける。このような扱いを受けることが、またまた運命のように思えてくる。よく行く店だったので未だに信じられない。

その時、直前に電車の中で読んでいた本の一節が蘇る。
「…それはただちに苦痛に満ちた個人的秘密となって、彼を周囲から引き離し孤立させる…」
ここではユングの『心理学と錬金術』を引き合いに、「無意識と深く結びつくと、そこでの体験は到底他人に話せるような代物ではなく(頭がおかしくなったと思われる)独り苦しむ」ことが指摘されている。
これまで「個性化」について気楽に考えていた私に、無意識は “いばらの道” だと教えるとともに覚悟を迫っている。「お前、やれんのか!?」(ドン・フライ調で)

<a href="http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_detail.cgi?aid=p-a-motif89321&bibid=00007578" target="_blank">アクティブ・イマジネーションの世界/バーバラ・ハナー著(bk1のページ)</a>
156~157ページに上述の記載がある。

<strong>補足1:</strong>
ポストしたあと急に体調が悪くなる。全身のかゆみ、腹痛。これは意に添わない文章をポストしたからに違いないと直感する。
改めて読み直してみる。これは問題を個性化に摩り替えているな。
外的な出来事は二度までも私を人生脚本に導いた。理由はわからないが、この問題に向き合うように無意識(深層心理)は促している。

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投稿者 a_motif_mt : 02:00 | コメント (0)

2005年01月26日

人生脚本「虐げられる運命」@粥餐庁(かゆさんちん):交流分析

@粥餐庁(かゆさんちん)
なかなか注文を訊きに来ない、完全に忘れ去られている(よく「気配がない」と言われる)。怒りを感じるが、それだけではない。どこかでそれを望んでいる“別の私”がいる。
その感覚に “意識的” に注意を向けてみる。その状況を受け入れている自分がいる。
<strong>「私は虐げられる運命」</strong>
なんてこった、これは紛れもない『人生脚本』だ。
(私はこの心理状態を<strong>「悲劇のヒロイン」</strong>と名付けている。C+Fのセラピスト、ティム・マクリーン氏が、「ビー・ヒア・ナウ/ラム・ダス著」で「性格の一面に名前を付け、そのモードに入った時に気づきやすくなる方法」が紹介されている、と指摘してくれた。)

やっと認知されたので注文を済ませる。この人、誰かに似てるんだけど未だに思い出せない…話が逸れた。
「今週の季節粥」ショウガを効かせた塩ベースの粥に、ホタテがのっている。上品な味、これはおいしい!

<strong>洞察:</strong>
嫌な思いをしたにもかかわらず、食事が美味しく感じられたのが不思議だった。
無意識(深層心理)は私を人生脚本「私は虐げられる運命」に導いた。私はそのメッセージを受け取ったため、自我(意識)にとっては好ましくない出来事が相対化され、より包括的な視点が生まれた。結果として、直前の出来事の影響を受けることなく、おいしく食事を摂ることができた。帰りに「おいしかったです」とコメントすることさえ、わけなかった。

もっとも、粥餐庁(かゆさんちん)では、実はまだまだ災難が待ち受けているのだが…

<a href="http://www.atelier-motif.com/blog/psychology/archives/2005/01/2.html" target="_blank">人生脚本「虐げられる運命」パート2@粥餐庁(かゆさんちん):交流分析 に続く >></a>

<a href="http://www.transpersonal.co.jp/index.html" target="_blank">C+F(シープラスエフ)研究所</a>
<a href="http://www.transpersonal.co.jp/work/ennea.html" target="_blank">エニアグラム</a>、<a href="http://www.transpersonal.co.jp/work/natural2004.html" target="_blank">ナチュラル・ヒーリング</a>、<a href="http://www.transpersonal.co.jp/work/holo.html" target="_blank">ホロトロピック・ブレスワーク</a>、<a href="http://www.transpersonal.co.jp/work/henro.html" target="_blank">お遍路</a>等のワークショップを行っている。私は年末の<a href="http://www.transpersonal.co.jp/work/transzen.html" target="_blank">トランスパーソナル禅</a>(ヴィパッサナー瞑想に近い)に参加させていただいている。

<strong>人生脚本:</strong>
ごくごく幼少の頃に形成される「人生(世界)とはこういうものだ」という価値観。大人になってからも無意識に留まり自我(意識)に影響を与え続ける。

参考文献(アマゾンのページ)
<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4788960699/ateliermotif-22" target="_blank">TA TODAY―最新・交流分析入門</a>
第4部~第6部で人生脚本が扱われている。ワークブック形式になっているので真剣に取り組めば、読み終える頃にはエライことになっている、ハズ。

<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4892031410/ateliermotif-22" target="_blank">ビー・ヒア・ナウ―心の扉を...mind books(アマゾンのページ)</a>
<a href="http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_detail.cgi?aid=p-a-motif89321&bibid=00492401" target="_blank">ビー・ヒア・ナウ―心の扉を...mind books(bk1のページ)</a>
タイポグラフィーが、ぶっ飛んでいた気が…

ヴィパッサナー瞑想のおすすめ本
<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4393364066/ateliermotif-22" target="_blank">呼吸による癒し―実践ヴィパッサナー瞑想(アマゾンのページ)</a>
<a href="http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_detail.cgi?aid=p-a-motif89321&bibid=01985503" target="_blank">呼吸による癒し―実践ヴィパッサナー瞑想(bk1のページ)</a>
読んでいるだけで瞑想している気分になる!(ダメじゃん)

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投稿者 a_motif_mt : 23:37 | コメント (0)